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2008年6月11日 (水)

通り魔

6月8日秋葉原で大量通り魔殺人事件が起こった。

昨日はその犯人の両親が記者会見を開いたが、その姿見るに耐えなかった。

オレはこの事件にとても複雑な心境でいる。

もちろん被害に遭われた方、もしくは遺族の方からすればその怒りは想像できないものであると思います。

しかしオレはこの事件を見て、ひょっとしてオレも人生を間違えてしまえばこんな事をしたかもと思っている。

何故こんな事件が起こったか?

「オタクの特性」「教育に問題」「派遣社員の待遇」・・・

そんな事が理由だろうか?

もっとこの問題を深く考えていかないといけないとオレは思う。

今から話す事はオレの実体験だ。

実はオレは15年前東京に住んでいたのだが、逮捕された事がある。

「公務執行妨害」と「公用文書破棄罪」の現行犯だ。

まあそれまでに歌舞伎町の町を歩いては、よくケンカ騒ぎを起こした。

今と違ってとにかく血の気が多かったんだ。

ある日オレは警察官に駐車違反で切符をきられてしまった。

そのときオレは違反切符をまるめて警察官の顔に投げつけた。

当然のことながら警察官はオレをとりおさえようと手を引っ張られた。

オレは引っ張られた痛さになんと警察官へ応戦したのである。

警察官と取っ組み合いのけんかをしたが、応援部隊が十人程やってきてあっという間に

警察軍団に囲まれ、そしてオレはそのまま荻窪署へ連行されてしまった。

そこで謝ればよかったのだが、その時に「オレから手を出した」と警察官がウソの供述をしたのに怒り、荻窪署内で大暴れしてしまった。

そのまま逮捕され牢屋に入れられてしまったのだ。ホント馬鹿な話^^

一晩牢屋の中で考えた・・・。

警察がとにかく嫌いだった。何故?権力を持っているから立ち向かってみたかった。

強い奴を倒してみたかった。

権力を持っている奴なんてみんな嫌いだ。

でもオレはその権力で牢屋にぶち込まれてなすすべもない。

オレ情けない・・・カッコ悪い・・・結局オレって弱い人間なんだな。

次の日の朝取り調べがはじまった。

担当捜査官は暴力団対策本部の石田係長という人だった。

いきなり「吐け!この野郎!」とされるのかなと思っていたが

係長「君には黙秘権というのがある。話したくない事ははなさなくてもいいです。」

オレ「はい」

オレにとって意外な始まりだった。

係長「君は何故東京にやってきたんだ」

オレ「上司を殴ってクビになってしまい、行くあてもなく友達を頼って東京にきました。」

係長は調書に書き出した。(そんな事書くな!)

係長「親は?」

オレ「大阪にいます。」

係長「連絡はとっているのか?」

オレ「いえ」

係長「どうして?」

オレ「勘当されてます。」

係長「ほう・・・どうして勘当された。」

石田係長と話しているとだんだん自分が何かの呪縛から開放されていくような気がした。

それから話が子供の頃までさかのぼっていった。母親が自殺した話や、中学校の時の話や・・・女にふられた時の話や・・・後妻の話や・・・。

オレ自分の人生を振り返り情けない気持ちになった。

オレ「オレだめな人間ですよね・・・。」

係長「ははは、まあ若いんだからやり直しも聞く。これから頑張りなさい。」

その後東京地検に書類送検されたが、結局オレは不起訴となった。

その後のオレは少し丸くなったかな。とにかく街中でケンカ騒ぎだけは起こさなくなった。

自分の弱さを知ったからだと思う。

そうオレは子供の頃から親父に「一番になれ。なれん奴はオレの子じゃない。」と言われていた。

だから強くないといけないという呪縛に捕らわれていたのだろう。

だが実際の自分は無力。だから何かで自分の強さを誇示しなければならなかった。

その手法が「暴力」だったのだと今振り返ればおもう。

呪縛を解き自分の弱さを知り、そして人に優しくなれる。

オレはあのとき石田係長に会わなかったら、ひょっとして犯人みたいな事をしたかも知れない。

あの時逮捕されたから、社会への怒りが収まったんだ。

20歳過ぎても、まだ子供です。男は特にそう、でかい図体しててもまだまだ子供です。

今親であるかた、そしてこれから親になる方

家は子供にとって弱さを見せれる環境にしておいてあげて欲しい。

そしてどんな問題児でも、帰れる家を作ってあげて欲しい。絶対に見捨てないで欲しい。

そして子供に期待するのもよいが、挫折した子供に寛容になってあげてください。

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